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Robert Todd Carroll
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神経言語プログラミング(neuro-linguistic programming) (NLP)

きみたちにはもっともっと創造的になりたいという気持ちを持って欲しいと思うんだよ。 つまりね、きみたちは、人々から(複数の)戦略を引き出したり、 それらを自分に反映させるだけではなくて、人々の戦略を変えたり、 自分のためにデザインしたできる限りたくさんの素敵な状況というものをベースにして、 新たな創造的な戦略を創り出すといった戦略も持ったりするようでなければならないと思うんだ。 そういうわけで、わたしは何か新しいものをと思って NLPTM を創り出したので、 ある意味、その全部がクリエイティヴなツールになっているんだよ。
 -- リチャード・バンドラー(Richard Bandler)

(訳注: NLP では、 あるものごとを成し遂げるのに、 うまくいっている人の一連の思考や行動のパターンを見い出してモデルにして、 そのモデルを他人も使うことで同様にうまくいくと考える。 「戦略(strategy)」とは NLP の用語で、敢えて簡潔に言ってしまえば、 その一連のパターンのこと)。

神経言語プログラミング (NLP) は、 数多くのニューエイジ大規模自己啓発セミナー (Large Group Awareness Training) の一つだ。 NLP は、 街から街へと金をかせぐために叡智を教えて歩く 古代ギリシアのソフィストたち にも似た ランドマーク・フォーラム(Landmark Forum)や、 トニー・ロビンス(Tony Robbins: アンソニー・ロビンス)や、 その他の企業の軍勢の競争相手である。 おそらくロビンスは、最も成功した NLP の「卒業生」だろう。 彼は、自称「うすらデブ(fat slob)」から火渡り能力者へ、 そして(彼自身の言葉によれば)「至高体験のパフォーマンス、 及び個人的、専門的、組織的な変革の両方に関する心理学のこの国における第一人者」 へとトランスフォーメーションした後に、自分の帝国をはじめたのである。 おそらく NLP の創始者の リチャード・バンドラージョン・グリンダー (John Grinder) らは、これには同意しないだろうがね。

NLP は、病気の人にも健康な人にも、 個人のためにも企業のためにも、 誰にでも役に立つものだという。 加えて言えば、 NLP はみんなを一まとめに集めて 教えることができる 健康的な個人を対象とした変わるための方法であるばかりでなく、 恐怖症や精神分裂症のような多様な問題にも適用可能な個人を対象としたサイコセラピーでもあるという。 また、 NLP は会社のトランスフォーメーションをも目的としており、 どうやったら会社の潜在能力を最大限に引き出せるのかとか、 大いなる成功をおさめられるのかといったことも示すことができるものだという。

NLP とは何か?

NLP は 70 年代なかばに、 言語学者(グリンダー)と数学者(バンドラー) だった者たちがはじめたものである。 二人は、次のようなものに大変興味を抱いていた。 (a)成功した人々、 (b)心理学、 (c)言語、 (d)コンピュータ・プログラミング。 NLP とは正確には一体何を指すものなのだろうか? これは大変難しい質問である。 というのも、NLP をはじめた連中も、 これに関係している連中も、あまりに漠然としてあいまいな言葉を使うため、 NLP は人によって全然違ったものを意味していることもありえるからである。 NLP のエキスパートだと主張する連中の間でも、 NLP の一貫した説明を見出すことは難しいのだが、 あるメタファーだけは繰り返し主張されてきている。 それは、NLP とは、脳のプログラミングの方法を教え、 人々が変わることができるようにするものだ というものである。 つまり、我々には脳は与えられているのだが、 その取り扱い説明書は与えられていないというのだ 1。 「NLP はあなたに脳のユーザー・マニュアルを提供します」。 この脳のマニュアルというのは、 NLP のトレーニングを指すメタファーらしいのだが、 時には NLP のトレーニングは「脳のソフトウェア」とも呼ばれることがある。 更に、 NLP は意識的にか、無意識的にか、以下のものに多くを負っている。 (1) 意識的な思考や行動に絶えず影響を及ぼしているという、 無意識に関するフロイトの定義。 (2) これは特にフロイトのの解釈 で用いられる手法に基づいているのだが、メタファーを秘めた振舞いと話し方。 (3) ミルトン・エリクソン(Milton Erickson) が発展させた催眠療法。 それから、 NLP はグレゴリー・ベイトソン(Gregory Bateson)ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky) の業績からも多大な影響を受けている。

NLP において共通しているものの一つは、 様々なコミュニケーションや説得技術を教えることと、 動機付けや自分自身を変えるのに自己催眠を使うことが強調されていることである。 WWW で宣伝をしているほとんどの NLP プラクティショナーたち (訳注: 「practitioner」は「開業医」を意味する。 現在の NLP には資格を販売する事業といった側面があり、 このプラクティショナーや、 マスター・プラクティショナーなどの資格を取得するための講座が大々的に開かれている) は、 本当にどんな人でも、本当にどんなふうにでもなれるようにお手伝いいたしますといった、 実に壮大な主張をしている。 例えば典型的には以下のような。

NLP によって、愛する人との人間関係を改善したり、効果的な教え方を学んだり、 自己評価を高めたり、より強い動機付けを行なったり、 コミュニケーションについてより深く理解したり、ビジネスや経歴を改善したり・・・、 その他頭脳に関わる非常にたくさんのことについて、 人生のさまざまな側面のすべてにおいて改善することができます 2

何人かの NLP の支持者たちは、 ウソをついているかどうかを見分けることができる確実な方法を教えることができるとも主張している。 また何人かは、人が失敗をおかす原因とは、 彼らにものを教えた教師が適切な「言語」で伝えなかったことに過ぎないと主張する。 NLP グルの一人、 デール・カービー(Dale Kirby)は、 NLP の仮定の一つは、 「調子のおかしい人も、壊れている人もいない」ということだと言っている。 だったら何故 NLP では治療教育的な変化を求めようとするのだろうか? その一方で、わかりやすいという  NLP について、 カービー氏が語るべきことは大しておもしろくはないようだ。 例えば、彼が NLP の理論を用いて話していることの一つは、 「失敗のようなものは何もありません。 単なるフィードバックがあるだけです」といったものだ。 はて、 NLP というのは、米軍によって、 連中の「不完全な成功」とやらを説明するために創り出されたものだったのだろうか? そして、スペース・シャトルが発射の数分後に爆発し、 乗組員が全員死亡したのも、「単なるフィードバック」だったというのだろうか? もしもわたしが隣人を刺して、 それについて「非選択的な外科手術を行った」とか言い出すようだったら、 わたしは NLP をやっているのかもしれないぞ。 また、もしも、わたしが以前の交際相手を脅迫したとして、 酔ってナイフをポケットに忍ばせた状態で逮捕されたとしても、 それはまさに「愛の炎を再び燃え上がらせようとしていた」だけだったとでも言うのだろうか?

その他の NLP の前提で間違っているものには、 「誰かにできたことは、誰でも習得することができる」というものがある。 これは、脳のことを理解していて、 脳の再プログラミングをするのも手伝うことができると主張している連中が言っていることである。 平均的な人々とアインシュタインやパヴァロッティ、 世界チャンピオンの記録保持者を隔てている唯一のものは NLP だとでもいうことらしい。 ふうーん、あっそう。

NLP は主観的な体験 の構造を研究するものだと言われてはいるものの、 人間の振舞い を観察し、 「ボディ・ランゲージ」の読み方を教えることに多くの力が注がれている。 しかし、夢が象徴するものの一般的構造というものがないように、 ノンバーバルなコミュニケーションの一般的構造も存在しない。 意志疎通に使うことができる文化の中で規定されているノンバーバルな適当な方法も確かにいくつか存在している。 たとえば、手の甲を相手に向け、中指を立てた仕草は、 アメリカの文化においてはある決まった意味を持っている。 しかし、例えば、 ある人が、 わたしが会話中に鼻をすすったときは、 それはわたしが相手の言っていることをおぞましいと感じているということを、 相手に警告するためではないかと、 言いだしたとしよう。 この解釈が正しいのか間違っているのかということは、 どうやって確かめたらいいのだろう? 例えば、わたしがこれを否定したとしよう。 そうしたら、相手が構造を知っているのだと言いだす。 また、相手は意味も知っているのだと言うのである。 そして、わたしが自分の放っている警告や自分の気持ちに気づいていなくて、 その原因は、それらのメッセージがわたしの無意識によるものだからであるとか、 相手は言うわけだ。 どうやったら、この種の主張をテストすることはできるのだろうか? そんなことは無理である。 そして、相手の主張の証拠は? この類の問題を裏付ける経験的な証拠などというものは何もないので、 それは相手の素晴らしくも直感的な洞察とやらに違いなかろう。 だいたい、会合の場で腕を組んで座っていることは、 人によっては「他人を拒絶すること」でも 「防衛的になっていること」を意味するのでもないかもしれないではないか。 ちょうど寒かったり、腰痛だったり、そうやって座るのが快適なだけかもしれない。 ノンバーバルな振舞いからあまりに多くを読み取ろうとするのは危険なことなのだ。 例えば、広げられた脚は単にくつろいでいることを示しているだけで、 セックスしようとあなたを誘っているわけではないかもしれないではないか。 また同時に、 NLP が教えているのは、コールド・リーディング を行なう方法である。 これは価値があることではあるが、それは科学ではなくアートとしてであり、 注意深く取り扱うべきものだろう。

バンドラーの研究所

バンドラーの「神経言語プログラミングおよびデザイン・ヒューマン・エンジニアリング第一研究所 (First Institute of Neuro-Linguistic ProgrammingTM and Design Human EngineeringTM)」には、 NLP について次のように書かれたものが置かれている。

「神経言語プログラミング(Neuro-Linguistic ProgrammingTM 略して NLPTM)とは、 主観的な体験の構造、そしてそれらから算出されるものを研究するものであり、 すべての振舞いには構造があるという信念に基づいているのだ・・・。 特に神経言語プログラミング(Neuro-Linguistic ProgrammingTM)は、 バーバルかつノンバーバルなコミュニケーションというものが、 人間の脳に作用する法則を理解するための新しい方法を創造し、 わたしたちが魔法を使うことができるようになるために創り出されたものである。 つまり、単にわたしたちみんなが人とよりよくコミュニケーションできるようになるだけではなく、 神経の自動的な機能と考えているものも、 より自分で制御できるようになる方法を学んだりする機会をも、 神経言語プログラミングは与えているのである。 3

バンドラーは、「驚異的な治療成績を上げていた」ことにより、 ヴァージニア・サティア(Virginia Satir: 「家族システム療法の母」)ミルトン・エリクソン(「現代催眠療法の父」)フリッツ・パールズ(Fritz Perls: 初期のゲシュタルト療法の提唱者) らを最初のモデルとして採用したと言われている。 これらの人物たちの言語的な、そして振舞いのパターンが研究され、 モデルとして使われているというのだ。 これらのセラピストは次のような表現を好む連中だった。 「自尊心」、「有効」、「トランスフォーメーション」、「調和」、「成長」、 「エコロジー」、「自己実現」、「無意識」、 「ノンバーバルなコミュニケーション」、「最大限の可能性を発揮する (この表現はニューエイジ・トランスフォーメーション心理療法の識別信号として役に立つ)」。 そして、NLP に何かしら影響を与えた人物として、 神経学者や脳に関する研究者は誰も言及されていないのである。 またその一方、言及されてはいないが、 NLP の理想的なモデルのように見える人物がいる。 それはワーナー・エアハード(Werner Erhard)である。 彼は、バンドラーとグリンダーたち(サンタ・クルーズ) がトレーニング・ビジネスをはじめるちょうど 2 年前に、 そのほんの数マイル北(サン・フランシスコ)で est をはじめている。 ちょうどバンドラーとグリンダーがはじめようとしていたものを、 エアハードははじめていたように見える。: すなわち、人々がトランスフォーメーションし、 そのことによってよりよく生きられるように手助けすることである。 また、 NLP と est のどちらも、心理学、哲学、 そしてその他の学問のごちゃまぜの源から作り上げられたという事実がある。 そして、両方とも、入学金を払う気のある者には、 誰にでも成功、幸せ、 達成への鍵を提供するとして華々しく売り込みを行なってきた。 その一番いいところは、 誰もこれらの学校からは落ちこぼれない! ところだそうだ。

発展しつづけるバンドラー

バンドラーの発言を読むと、 まるで人々は、「コミュニケーション・スキルの達人」から、 直接財産譲渡を受けるために契約書にサインさせられているように見えるだろう。:

わたしの創ったモデルの一つは戦略の引き出しと呼ばれている。 これは人々がいたずらにモデリングと混同するようなものである。 人々はいろいろな場面で戦略の引き出しを行うが、 自分ではモデリングを行なっているつもりになっていて、 「戦略の引き出しのモデルはどこからきたものなのだろう?」 などと考えてみることさえしない。 ものごとを単純化することによって創られたので、 このモデルには内的な制約がある。 戦略の引き出しのモデルは、常に結果を達成するための最も限定された方法を見つけ出すものである。 このモデルは、逐次的な引き出しと同時インストールをベースにしている。

このようなコミュニケーションを見てみれば、 バンドラーの脳というのは実に非常に特殊なコードでプログラムされているに違いないということに、 多くの人たちが同意してくれるだろうとわたしは思うね。

バンドラーは、自分は発展しつづけていると主張している。 しかし、彼はゲップする毎にそれを片っ端から商標登録して、 経済的な利益を守ることばかりに躍起になっているように見えるという人もいる。 悪徳なセラピストやトレーナーたちが自分の業績を盗み、 分け前も払わずに商売するのではないかと、彼は特に心配しているようだ。 やさしい気持ちになれば、 (カリスマ・エンハンスメントのような) 人間の可能性に関する自分のすばらしい新発見の完全性や、 その販売方法などを、商標登録によって守ろうとするのは、 バンドラーの強迫観念に見えるかもしれない。 話が明確になるか、ピンぼけになるか、 -- まあ、どちらになるかなんてわからないが -- バンドラーが言うところの本物とは、 神経言語プログラミング協会(The Society of Neuro-Linguistic ProgrammingTM) からライセンスされたりトレードマーク TM されているものなのだ。 とは言うものの、次のようなものの詳細や明確な情報を知りたいなら、 この組織とはコンタクトを取らない方がいいだろう。 NLP、 DHE (Design Human EngineeringTM: デザイン・ヒューマン・エンジニアリング。 テスラがやっていたように幻視によってデザインする方法を教えるもの)、 PE(Persuasion EngineeringTM: パースエーション・エンジニアリング。説得工学)、 メタマスター・トラック(MetaMaster TrackTM)、 カリスマ・エンハンスメント(Charisma EnhancementTM: カリスマ増進)、 トレーシング(TracingTM)、 それからバンドラー氏や関係者が最近売っているものならなんでもだ。 というのも、バンドラーのページを見ても、 書いてあるのは彼のトレーニング・セッションの受講の仕方に関する情報ばっかりなのである。 たとえば、こんな感じである。 入門として 6 日間のトレーニングを受けるには 1,800 ドル必要です (前払いなら 1,500 ドル)。 どのトレーニングを受けますか? バンドラーは「人間の進化の促進」について学んできており、 それをあなたに教えます。 1,500 ドルで、クリエイティヴィティ・エンハンスメント(Creativity Enhancement: 創造性増進。 このセミナーでは、バンドラー以外の人物のアイデアによるものが、 クリエイティヴでない理由を学ぶことができるんだそうだ) の 3 日間のセミナーは受講できます。

グリンダーと企業 NLP

一方、ジョン・グリンダーの方は、バンドラーが我々に対してやっていることを、 企業の世界でやろうとしているようだ。 カルメン・ボスティック・サンクレア(Carmen Bostic St Clair)がやっている 「異文化間コミュニケーション・システムの設計と実装を行なう国際組織」 であるクァンタム・リープ(Quantum Leap: 量子跳躍)に、彼は参加している。 バンドラーのように、 グリンダーも自分には新たに発展させたより素晴らしい「コード」があると主張している。

・・・ニュー・コード(New Code)は、 ある確信を前提とした複数のゲートの組で構成されており、 NLP の方法で訓練したり表現しようとしている 人間の意識的な部分と無意識的な部分の間の関係についてのわたしの考え方である。 これは、そのような人に個人的な調和をもたらすのに役に立つ。 別な言い方をすれば、一般に、個人的な調和を保つことができない人というのは、 一貫した成功などのようなものに関して、 ニュー・コードのパターンを使ったり、教えたり、 あるいはその両方を行なうことができないと感じている人たちである。 これはわたしがとても好きなデザインのひとつなのだが、 自己訂正機能を持ったシステムの特徴を備えているのである。

(訳注: 「New Code」 は「新表現」と訳している本もあるが、おそらく本来の意味は、 「脳をプログラミングする新しい『コード(=プログラム)』」であろう。)

「個人的な調和」のような単語は、 あまり厳密でも科学的でもないことに気づいた人もいるだろう。 これはたぶんグリンダーが「新しいパラダイム」とやらを作ったからなのだろう。 そしてまた、実際に自分でもそのように言っているのである。 彼は、自分とバンドラーの業績が哲学と心理学の折衷主義的なごちゃまぜであることや、 それが他人の業績から作り上げられたことを認めない。 彼は、自分とバンドラーが「パラダイム・シフトを起こした」と信じているのである。 これがいわゆるパラダイム・シフトなのかどうかを検討する前に、 人間の思考、欲求、振舞いに対して無意識が果たす役割に関する信念については、 彼らの業績によって何のパラダイム・シフトも確実に起こっていないと知っておくべきだろう。 彼らはフロイトから直接その概念を採用しているのである。

以下のグリンダーの主張を見れば、 彼が NLP をどのようなものだと考えているかがわかるだろう。:

わたしたちが何を考えていたのかということに関するわたしの記憶によれば、 発見の時点(わたしたちが開発した古典的なコードに関してである。 あれは 1973 年から 1978 年にかけてのことだった)で、 わたしたちはパラダイムを打ち壊そうとしてたことは実に明確だった。 たとえば、わたし自身、このキャンペーンを計画するのに、 歴史的に導かれたパラダイム・シフトのいくつかの条件を詳しく述べた トーマス・クーン(Thomas Kuhn)の素晴らしい業績 (『科学革命の構造(The Structure of Scientific Revolutions)』 (邦訳は中山茂で、みすず書房より 1971 年刊))を部分的に参考にすることは、 とても役に立つことを発見した。 たとえば、わたしたちが最初に研究した分野 -- 心理学、そして特にそのセラピーへの応用において、 2 人とも何も資格を持っていなかったことはとても役に立ったと信じている。: これはクーンがパラダイム・シフトの歴史的研究から規定した条件の一つである。 誰がバンドラーの考えていたことを知っていただろうか?

少なくともクーンの古典的文献に興味を抱いていたということについては、 バンドラーがグリンダーと同じことを考えていなかったことを願うばかりである。 ある科学の分野において特に資格を持っていないものの存在が、 科学における新しいパラダイムの発展に寄与するための重要な条件であるなどという概念を、 クーンは発案してなどいない。 もっといえば、クーンはパラダイム・シフトを起こす ためのモデルや青写真を提起したりしていないのだ! 彼の業績というのは史学的な 研究であり、 科学の歴史 の中で何が起こっていたかについて、 クーンがどんなことを信じていたかを著したものなのである。 一人の人間が、かつて科学にパラダイム・シフトを起こしたり、起こし得たとは、 彼はどこにも書いていない。 ニュートンやアインシュタインのような個人が、 適切に理解されることでパラダイム・シフトを起こすような理論を提起したように思えるかもしれないが、 彼ら自身がパラダイム・シフトを作ったわけではないのである。 クーンの業績というのは、 そのような概念が実にばかげたものであるということを意味しているのだ。

グリンダーとバンドラーは、ドン・キホーテ的な探求に出かける前に、 カントを読むべきだったのだろう。 カントのいう「コペルニクス的転回」は、 バンドラーとグリンダーのパラダイム・シフトと考えることもできるかもしれない。 ただし、これは、科学的理論の歴史的発展に関して書かれたものについて、 クーンが言っていたものではない。 クーンは自分の関心を科学に限定していた。 彼は哲学の分野で似たようなことが起こるとは何も主張していないのである。 そして、NLP がこれまでやってきたり、 現在やっているようなことを、 クーンは確実にパラダイム・シフトの要素には含めていない。 クーンはある理論がこわれ、別のものに取って代わられるときに、 時間的な流れの中でパラダイム・シフトが起こると主張している。 彼が主張するには、 科学的な理論がこわれるというのは、 古い理論で説明できない新しいデータが出てきたり、 古い理論がもはや新しい理論ほどうまくものごとを説明することができなくなったときだという。 バンドラーとグリンダーがやったことというのは、 いかなる科学の分野のいかなる理論の危機に応じたものでもなく、 それゆえパラダイム・シフトには寄与して もいないし、 言うまでもなくパラダイム・シフトそれ自身であるとは考えられないのである。

グリンダーが、 クーンの言うところの「パラダイム・シフト」だと思い込んでいたものは、 ゲシュタルト・シフトや、ものの見方を変えること、 視点を変えることといったことなのだろう。 このようなアイデアを書いたビラには、カントはよく当てはまるだろう。 カントは、 「我々がこの世界をどうやって理解しているのだろうか」という問いにより、 認識論の古い方法を退けた。 カントの言うところによれば、 わたしたちが問うべき問題とは、 「我々はどうやって世界を理解することを可能としているのか」ということである。 これは哲学の歴史において本当に革命的な動きだった、 というのも、彼は、世界というものは、 それを経験している個人によって規定される条件に従うと主張していたからである。 彼は、本質的に主観的なものである経験なしに世界を知ることは不可能であるから、 すべての知識は主観的なものであるという概念を採用し、 真実に到達することとは個人の精神が世界に従うことであるという概念を退けたのだ。 コペルニクスは、本質的には、 地球の代わりに、太陽が宇宙の中心にあるとしたら、 ものごとがどう見えるか考えてみよう と言った。 そしてカントは、本質的に、世界に精神が従うのではなく、 精神に世界が従うのだと仮定したら、 わたしたちは世界をどのように知覚しているだろうかということを考えてみよう と言ったのである。 コペルニクスの方は、科学におけるパラダイム・シフトに寄与したと考えられる。 彼が正しかったり、あるいは実際に正しいなら、天文学者たちは 天界の性質に関する基本的な概念を大いに改めることなくしては、 もはや天文学を行なうことができなくなってしまったのである。 しかし一方、カントの方は、彼が正しいかどうかを確かめることはできない。 彼の理論を受け入れることも退けることもできる。 カント哲学なしに哲学を続けることはできたが、 天動説を退け、 地動説を受け入れることなしには天文学を続けることはできなかったのである。 さて、グリンダーとバンドラーのやったことは、 彼らの概念を受け入れることなくして、 心理学やセラピーや記号論や哲学が続けられなくなるようなものだったのだろうか? いーや、全然そんなものではなかったのだ。

NLP から利益は得られるのか?

多くの人々が NLP のトレーニング・セッションから利益を得ていることを わたしは疑っていないが、 NLP がベースとしているものには数々の間違いや疑わしい仮説がある。 「無意識」、「催眠」、 「潜在意識などに直接アピールすることで人々に影響を与える能力」 などといったものに関する彼らの信念の根拠はない。 そのようなものに関して現存するすべての科学的な証拠は、 NLP が主張していることは間違っていることを示している。 暗示の力を使うという一番明らかな方法以外には、 エリクソンや NLP が主張するような 「無意識に直接語りかける」方法を学ぶことはできないのである。

NLP では、そのエキスパートたちが、 偉大な精神の思考方法や成功した人々の振舞いのパターンを研究してきており、 それらがどのように作用するのかというモデル を創り出したと主張している。 「思考、振舞い、信念をすばやく効果的に変えるといった、 あなたの役に立つテクニックが、これらのモデルから開発されました」 4。 しかし、アインシュタインやトルストイの業績を研究することによって、 彼らの精神がどのように動作していたのかという「モデル」の 10 や 20 はすぐにできてしまうことだろう。 仮に正しいものがその中に含まれていたとしても、 それが正しいのかどうかを知る方法はない。 あるモデルがすばやく効果的に思考や行動や信念を変えるテクニックを含んでいると、どうしたら考えられるのかは謎である。 わたしたちのほとんどは直感的に理解していると思うが、 わたしたちがアインシュタインやトルストイと同じ経験をしても、 彼らのようにならないだろう。 確かに、そんな経験をすれば、 わたしたちは現在とは大いに異なったものになっているだろうが、 彼らの頭脳を持っているわけではないので、 彼らとも非常に異なった展開になるだろう。

結論

NLP の開発したモデルは検証することができないだろうし、 その発展させたテクニックは、モデルにも、その源にも何の関係もないのだろう。 また、 NLP は思考や知覚について、 神経科学によって支持されないような主張を行なっている。 これはそのテクニックがうまく働かないと言っているわけではない。 それはひょっとすると働くかもしれないし、とても効果があるかもしれない、 しかしそう主張する根拠が妥当かどうかを知る方法はないのである。 ひょっとするとそれはどうでもいいことなのかもしれない。 NLP 自身、それは実用主義的なアプローチだとうたっているのだ。: 「重要なことは、それがうまくいくかどうかだ」。 しかし、 どうやったら「NLP が効果がある」という主張を検証することができるのだろうか。 わたしにはわからないし、 NLP 関係者もわかっているとは思えない。 主な効果の計測器具は逸話と証言のように見える。 不幸にしてこのような計測は、 もっとたくさんの人をトレーニング・セッションに受講契約させるように説得する方法を、 いかにトレーナーたちがクライアントにうまく教えているかということを明らかにするかもしれないがね。

関連する項目

ワーナー・エアハードと est(Werner Erhard and est)火渡り(firewalking)催眠(hypnosis)ランドマーク・フォーラム(Landmark Forum)大規模自己啓発セミナー(Large Group Awareness Training)フレデリック・レンツ(Frederick Lenz)(ラマ Rama)記憶(memory)精神分析(psychoanalysis)リバース・スピーチ(reverse speech)


追記: おもしろい話だ。 バンドラーがグリンダーを数百万ドルで訴えた。 明らかに、 2 人の偉大なコミュニケーションの達人でパラダイムの革新者たちは、 自分自身のアドバイスを受け入れることができなかったようだ。 あるいは、豊富な資金を持った人を 訴えるようなコミュニケーションが最も金を儲ける方法だと発見した、 数多くの偉大なアメリカ人の振舞いをモデリングしたのかもしれない。 グリンダーはこの不幸な事件に関して WWW で声明を発表している。 NLP はメタファーによるところが大きいが、 この醜い訴訟は彼らの忘れないで欲しいという欲求のメタファーのようなものではないかともわたしは疑っている。 バンドラーの半ダース近い商標登録は、 単に NLP の完全性を守りたいと思っていることの現われなのか、 それとも貪欲な誇大妄想癖 のあらわれなのだろうか?

様々な訴訟についてより詳しくは ANLP ニュースを参照のこと。

参考文献

読者のコメント

Barry, Dave. "Altered States" in The Miami Herald , April 13, 1997. (Humorist Dave Barry takes Peter Lowe's SUCCESS 1997 12-hour success seminar featuring Anthony Robbins, Elizabeth Dole, Rabbi Harold Kushner, Brian Tracy, Lou Holtz, Jim Morris, Peter Lowe, Pat Riley, Dr. Ted Broer, George Bush, and Dan Kennedy.)

Sacks, Oliver W. An anthropologist on Mars : seven paradoxical tales (New York : Knopf, 1995).
邦訳: オリヴァー・サックス著、吉田利子訳、『火星の人類学者 -- 脳神経科医と 7 人の奇妙な患者』、早川書房、 1997 年

Sacks, Oliver W. The man who mistook his wife for a hat and other clinical tales (New York : Summit Books, 1985).
邦訳: オリバー・サックス著、高見幸郎、金沢泰子訳、『妻を帽子とまちがえた男』、晶文社、 1992 年

Sacks, Oliver W. A leg to stand on (New York : Summit Books, 1984).
邦訳: オリバー・サックス著、金沢泰子訳、『左足をとりもどすまで』、晶文社、 1994 年

Schacter, Daniel L. Searching for Memory - the brain, the mind, and the past (New York: Basic Books, 1996).


訳者コメント

日本では、 NLP はセラピストと自己啓発セミナーの元関係者の間でよく知られている。 NLP はおそらく ST(Sensitivity Training: 感受性訓練) などを日本に導入した JICE(Japan Institute of Christian Education: 立教大学 キリスト教教育研究所) 経由で 1970 年代終わり頃に日本に紹介されたものと思われる。 当時、ゲシュタルト療法のフリッツ・パールズらの有名なセラピストたちの、 常人にはとても真似できないような治療技術を、 バンドラーとグリンダーが解析し、 その秘訣を一般人でも使えるようにしたすばらしい方法であるとして伝えられた (実際に、バンドラーがゲシュタルト療法を学んでいたというのはウソではない。 例えば、日本語で読める数少ないゲシュタルト療法の解説書に F・S・パールズ著、 倉戸ヨシヤ訳、『ゲシュタルト療法(The Gestalt Approach & Eye Witness to Therapy)』、ナカニシヤ出版、 1990 年がある。 この第二部は、パールズが行なったセラピーの逐語記録であるが、 これをまとめたのはバンドラーである。 また、ミルトン・H・エリクソンやヴァージニア・サティアなどの記録も、 いろいろと集めて研究していたようだ。 その一方で、神経言語プログラミングの初期の本は、 バンドラーとグリンダーのセラピーや講演の記録が多いが、これらをまとめたのは、 ジョン・O・スティーブンス(John O. Stevens) の名でゲシュタルト療法の解説書も著してるスティーヴ・アンドレアス(Steve Andreas) らである)。 このような経緯で、その初期において NLP は臨床心理学者たちが積極的に紹介したり、 翻訳してきたという事情があり、國分康孝編、『カウンセリング辞典』、誠信書房、 1990 年にもしっかりと記述があるくらいである。 ちなみに、 NLP は次々と理論や手法が建て増しされていった結果、 現在では、初期に紹介されたものとはかなり異なった混沌としたものに成長してしまっている。 なお、現在、 NLP は一部の自己啓発セミナーの関係者、元関係者らによって、 積極的に導入されたりもしている。

NLP を批判したものとしては、このドキュメントの他に、 テレンス・ハインズ著、井山弘幸訳、『ハインズ博士「超科学」をきる』、 化学同人、 1995 年などがある。 この本では、 NLP のアクセシング・キューの一つである、 目の動きを見れば、 その人の用いている視覚イメージの種類が判別できるという理論が、 実験的に否定されたという話や、 NLP がセラピーとして有効だというデータは得られなかったという話が紹介されている。

日本語の参考文献

Copyright 1999
Robert Todd Carroll
Last Updated 10/27/00(original)
日本語化 08/31/00(最終改訂 11/06/00)
翻訳: 小久保温

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