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「おれの言っているのは、この組織全体から抜け出すことだよ。 そのパラダイムを変えるってことさ」
「エストとかいうやつかい?」
「いや、これはまじめな話なんだよ。変身だ。 自分自身の頭の配線を変えちまうんだ、わかるかい?」
ルイス・シャイナー著、友枝康子訳、『うち捨てられし心の都(上・下) (Deserted Cities of the Heart)』、ハヤカワ SF 文庫、 1990 年一体、自己啓発セミナーはどこから来たのかという問いの答えは、おそらく 3 つある。 敢えて単純に言えば、思想的にはニューソート(New Thought)、 技法的にはヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント(Human Potential Movement) の様々な心理療法、そしてビジネス・モデルとしてはマルチ商法やセールス業である。
ニューソートとは、 19 世紀のアメリカで誕生した、 一連の心癒し(mind cure)運動である。
この創始者は、フィニアス・P・クィンビー(Phineas P. Quimby)であるとされている。 癒しに興味を抱いていたクィンビーは、一時期、 メスメル派の心霊術の香り漂う催眠治療に魅せられて、その治療師をしていた。 しかし、やがて「信念が病を作り出している」という強い信念にとらわれ、 独自の治療を始めることとなった。 第二次信仰復興運動の嵐が吹き荒れていたアメリカで、クィンビーは、 自分の行っている治療が、 かつてイエスがキリストとして行なったものと同一であり、 自分はその原理である「キリスト科学」を再発見したのだと考えるようになった。 そして、エマニュエル・スヴェーデンボリなどの影響も受けつつ、 非常に理想的な神を語った。
後に、クィンビーの思想や治療は、キリスト教科学(Christian Science)や、 ディヴァイン・サイエンス(Divine Science)教会や、キリスト教ユニティ(Unity)派、 宗教科学(Religious Science)などの諸宗派に引き継がれ、 これらはニューソートと呼ばれるゆるやかなつながりを持った宗教運動運動となった。 これらの思想的な方向性としては、心の世界が本質的なものであるとし、 神とはこの世の原理のようなものであり、本来は誰もが神の一部であり、 そのことを何らかの手段によって実感すれば、 問題が解決すると考える傾向がある。 これらの思想は、後世のアメリカの数々の自己啓発書の著者たちに、 直接、間接の影響を与えてきた。 また、近年のニューエイジ、精神世界のスピリチュアルな部分への寄与も無視できない。
自己啓発セミナーでは、「人生は選択」であり、 自らで自らの現実を作っていると考える。 そして、それ故、ありとあらゆる自分に起こってくる出来事は、 自分の責任であると考えることもある。 このどことなく実存主義的でもあり、それでいてそれ以上の何かが秘められた、 このような思想の源流の一つは、ニューソートの哲学に遡ることができるのである。
ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントとは、 1960 年代に エサレン研究所(Esalen Institute) を中心として興った、 人間の可能性をヒューマニスティックに追求しようとする運動である。
20 世紀前半、心理学は、行動主義、ゲシュタルト心理学、 精神分析の各派が台頭していた。 やがて中盤にさしかかると、 クルト・レヴィン(Kurt Levin)の T グループや、 そこから分派した感受性訓練(Sensitivity Training: ST)などのグループ・アプローチ また、カール・R・ロジャーズ(Carl R. Rogers)の来談者中心療法、 エンカウンター・グループなども行われるようになった。
これらや、実存主義などの影響下で、 1950 年代に第三勢力と呼ばれる 心理学が誕生する。 これには、エイブラハム・H・マズロー(Abraham H. Maslow)の人間性心理学や、 フリッツ・S・パールズ(Fritz S. Perls)のゲシュタルト療法(Gestalt Therapy)、 エリック・バーン(Eric Berne)の交流分析(Transactional Analysis: TA)、 アルバート・エリス(Albert Ellis)の理性感情行動療法(Rational Emotive Behavior Therapy: REBT、昔は論理療法とも呼ばれた)などが含まれる。
しばらく後に、マイケル・マーフィー(Michael Murphy)とリチャード・プライス (Rechard Price)によって、エサレン研究所が開かれた。 エサレン研究所では、これら様々な新しい心理療法、いわゆるニューサイエンス、 そして禅などの東洋思想などの間で交流が盛んに行われるようになった。 エサレンは、一大セラピー・センターになり、次々と新しい技法が試され、 ここからエンカウンター・グループ、ゲシュタルト療法、 各種ボディ・ワークなどが広がっていくことになり、ヒューマン・ポテンシャル・ ムーブメントの火付け役となった。
自己啓発セミナーの中で用いられている数々の心理的技法の多くは、 これらヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントの心理療法から借りてきたものである。 例えば、ダイアード(dyad)と呼ばれる二人一組で語り合う実習や、 大勢の前で自分の気持ちを発言するシェアー(share)などがそれに当たる。 また、エンカウンター・グループ的、ゲシュタルト療法的な要素を持った実習も多い。
自己啓発セミナーの起源の一つに、 マルチ商法のディストリビューターの訓練があったこととも関係し、 創始者たちの間には、マルチ商法や、飛び込みのセールス業だったものが多い。 参加者自身を営業マンとして使うという、 自己啓発セミナーのビジネス・モデルには、 これらの業界の影響が非常に強く現れていることは自明とも言えるだろう。
自己啓発セミナーは、ネットワーク・ビジネスの関係者が利用することもあるのだが、 それ以上に、セミナー会社が傾いてくると、 参加者に対するネットワーク・ビジネス関係者の割合が増加したり、 会社をあげてネットワーク・ビジネスに取り組んだりするような傾向も見られることがある。 これは、結果的には、普通の参加者に敬遠される原因ともなることが多いようではあるが・・・。
自己啓発セミナーの直接的な起源は、マインド・ダイナミックス(Mind Dynamics) とリーダーシップ・ダイナミックス・インスティチュート(Leadership Dynamics Institute: 略して LDI)という 2 つのセミナーである。
これについては、拙訳の 「マインド・ダイナミックス -- アレクサンダー・エヴェレット」 を参照されたい。
初期の代表的な自己啓発セミナーには、 ワーナー・エアハード(Werner Erhard)が設立した est(Erhard Seminars Training)と、 ジョン・ハンレー(John Hanley)らの設立したライフスプリング(Lifespring)がある。
日本でライフダイナミックスから様々なセミナー会社が誕生していったように、 est とライフスプリングからも様々なセミナーがたくさん生まれた。
est については、 Robert T. Carroll の Skeptic's Dictionary の 「ワーナー・エアハードと est」と 「ランドマーク・フォーラム/ランドマーク・エデュケーション株式会社」 を参照されたい。
化粧品マルチのホリディ・マジック(Holiday Magic)の社長、 ウィリアム・ペン・パトリック(William Penn Patrick)が亡くなって、 LDI とマインド・ダイナミックスが、閉鎖されてしまうと、 当時のマインド・ダイナミックスの関係者 4 名が集まって設立されたのが、 ライフスプリングである。
ライフスプリングのセミナーは、 LDI やマインド・ダイナミックスにおけるセミナー技法の蓄積だけでなく、 ゲシュタルト・インスティチュート(Gestalt Institute)のジョン・B・エンライト (John B. Enright)の協力もあって作り上げられたようだ。 当初から、このような構成だったかどうかは不明だが、 ある時期のライフスプリングのセミナーは、 Basic、Advance、Leadership Program から編成されており、 この最後の Leadership Program はライフスプリング社のために働くコースで、 その一環として勧誘活動もあったようである。
日本への自己啓発セミナーの進出は、 1973 年の化粧品マルチのホリディ・マジックの日本進出が大きな契機となっている。 当時、ディストリビューターの訓練を行なうための機関の設置を検討していたようである。 しかし、この頃から、ホリディ・マジックは、アメリカでも告発を受け、 しばらくすると日本でも問題とされるようになる。 これらやパトリックの死亡などとも関係して、 アメリカでは LDI とマインド・ダイナミックスが閉鎖され、 ライフスプリングが誕生している。
こうして、いろいろあった後、ライフスプリングの創設者の一人であった、 ロバート・ホワイト(Robert White)は、 1970 年代中頃からライフダイナミックスというセミナーを日本でスタートさせた。 当初は、苦しい状態が続いたようだが、 1980 年代に入ると、 島津幸一らの参入によって、 ARC インターナショナル社を設立する。 この頃から、受講者も増加し、ライフダイナミックスは、 日本で最初にして最大のセミナー会社となった。 なお、 1999 年には、受講生が集まらなくなって日本でのコースは中止されたようである。
ライフダイナミックスからは、様々なセミナーが誕生し、 特に 1990 年前後には非常に多くのセミナー会社が設立されている。 これらのセミナー会社は、 1990 年代半ばにバブルが崩壊すると次々とつぶれていった。 また、TOSHI のレムリア・アイランド・レコードのセミナーへの参加が騒がれたり、 ライフスペースの事件が起こったり、セミナー会社への爆破予告事件なども起こった。 いくつかの殺人や自殺事件などで、セミナー受講生の関与も取り沙汰されたこともある。 最近では、地方都市で開催されるセミナーや、若い学生を対象とした就職対策講座、 イベント開催、 CD 作成などをうたうセミナーや、 中小企業を対象としたセミナーなどが数多く開催され、人を集めているようである。