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自己啓発セミナーの基本的な思想は、既に第一段階でほとんど紹介されてしまっている。
第二段階では、レクチャーの量が減り、実習が中心となる。 第二段階の内容をおおまかにまとめると次のようになる。
では、以下でそれぞれ解説していく。
この段階では、自分を振り返ったり、参加者間の親睦を深めたり、 グループを作ったりする。 また、真剣さが最初から非常に強調され、本当に本気になるように構成されている。
第二段階は、郊外で行なうことが多い。会場までの移動の途中で、 自分のかかえている悩みや、 このセミナーに何をかけて参加するかなど様々なことを書いたりする。
基本的には第一段階と同様である。
第一段階に参加して、ダイヤモンドを覆っている殻にひびは少し入ったが、 まだまだであるというレクチャー。
トレーナーは、参加者の一人を取り上げて、どんな問題を抱えているかを指摘し、 その問題が外面にも現れていると叱責する。
たとえば、年の割には子供っぽく見える人を立たせて、自分で責任を取らずに、 子どもを演じることで、得をしようとしてきた人生であると叱る。
自分が近寄りにくいと感じている人と組になる。 そして、互いの印象をダイアードなどでシェアーしあう。
その後、近寄りにくいと感じる人は、自分の中のネガティヴ面、 特にその中でも自分で嫌っているような部分を表現している人ではないか というレクチャーが行われる。
グループ・リーダーを立候補で決める。
その上で、各リーダーの元にグループに入りたい人が集まる。 人数のアンバランスを解消した後、 なぜ、そのリーダーと一緒になりたかったかをシェアーする。 他から移動してきた場合には、なぜ、最初選ばなかったのかをシェアーする。
次に、グループで頼み込んで、アシスタントを決める。 本気で頼まれたと思うまでは、繰り返される。
最後に、このセミナーに何をかけるか、グループを「勝たせる」ためにどうするか、 メンバー間でどうやって貢献するかなどを相談して決める。 その結果を全体に向かって宣言する。
この段階では、自分自身、特にその中でも人生について振り返り、 生きるというのはどういうことかを問われる。
各グループに分れて、一人の人を残りの全員で取り囲んで、本気で罵倒する。
発言は、必ず正面から見据えて行なう。 また、声がかぶらないように、他の人が発言していないときに行なう。 罵倒は「その人のために」本気でやるように指示され、 いい加減にすることは許されない。
このときに、外面は内面の反映であるという考え方が反映され、 罵倒はその人の内面的なもの(外面から予測されたものに過ぎないのだが) にまで及ぶこともある。
これを全員に対して行なうので、セッションは長時間に渡る。
自分のこれまでの人生でつらかった体験や、 現在の自分の人間関係の見取り図を書いたり、それをシェアーしあったりする。
夢が叶って、世界一周旅行にでかけるというシチュエーションのメディテーションを行なう。
最初は最高の気分だったが、ある瞬間、突然、旅客機が故障して海に不時着する。 機体はどんどん海に沈む、しかも、サメが周囲に引き寄せられてきている。 しかし、救命ボートは一艘しかなく、乗れるのは数十名の参加者に対して、数名だけ。
ここで、一人一人が、マッチ棒をボートの定員の数だけ持って、 全参加者を一周しながら、救命ボートに載せたいと思う人にマッチ棒を渡していく。 マッチ棒を投票する際には、「あなたはボートに乗れます」、 「あなたはボートに乗れません」と一人づつはっきり伝える。
投票が終わると、手に残ったマッチ棒の本数を元にボートに乗れる人を決める。 ただし、本人が自分には生きている価値がないからここで死にたいとか、 絶対に自分は死にたくないなどの意見が出た場合には、相談して調整する。
ボートに乗って離れていく人に対して、乗れない人は、 自分の遺言を親しい人に伝えてくれるように、大声で呼びかけながら訴えかける。
ボートが離れると、いよいよ飛行機は海に沈む。 沈んで行く冷たい海の中で、生きたいと思う者は、 「生きたい」と叫んで立ち上がるように言われる。
ある程度の時間をかけて、多くの人が立ちあがるとメディテーションは終了。
その後で、なぜその人に投票したか、しなかったかについて、 グループでシェアーをする。
次にレクチャーがある。 人生には必ず終わりがある。 このライフボートの実習のように、いつ死ぬかは本当にわからない。 悔いのない生き方をしてきただろうか。 本当に明日死ぬとしたら、今をどう生きたいのか、 本当にあなたが今しなければならないことは何か、といった話をされる。
また、「生きたい」と立たなかった人は、 なぜ立たなかったのかを叱責されることもある。
一人ずつ、全員を一周し、ギバー(Giver: 他者に貢献する人)か、 テイカー(Taker: 自分が貢献するよりも、されている方が多い人) かという印象をしっかり伝えていく。
投票が終わると、ギバーとテイカーの数の差の順番に一列に参加者を並ばせる。
テイカーの度合いが高い方の人に、トレーナーは、今、 どんな気持ちかをシェアーさせる。
またその後、グループに戻って、なぜギバーなのか、テイカーなのかについて、 あるいは、自分に投票された結果についてシェアーしあう。
過去のつらい体験を思い出し、胸の内を吐き出す。
ダイアードになって、悲しかった体験、つらかった体験を、 パートナーがその時の相手だと思ってぶつけ合う。 悲しさやつらさは、最後にはアクションとしても表現するように言われ、 言葉でぶつけるだけではなく、 (あらかじめセミナー・ルームに持ち込んだホテルの) 布団やクッションなどを叩いたりもする。
引き続き、二人一組で、両親との関係についてもぶつけ合う。 言いたかったけれど言えなかったことなどを言い合ったり、 同様にアクションとしてぶつけたりもする。
今まで、本当に誰にもしゃべったことがない秘密を二人一組で告白する。
新しい自分自身に生まれ変わり、今後どうやって生きていくかを宣言する。
グループに分れて、一人を取り囲んで、派手な音楽のなりひびくなかで飛び跳ねる。
中心の一人に向かって、残り全員で「本当に欲しいものは何ですか?」と問い掛け、 中心の人は返事をする。これを、本気で返事が返ってきたと思えるまで続ける。
次に「あなたは一体誰ですか?」と問い掛ける。 問われた方は、たとえば、「わたしは人に貢献する人です」のように、 「わたしは○○の人です」という構文で答える。 これも本気だと思えるようになったら、 答えた人は模造紙に自分で大きくその言葉を書く。
これが、これからの人生で生きていく上での、本当の自分、 自分の本質の「契約の言葉」であるとされる。
「契約の言葉」を書いた人が、ある程度の数になる毎に、曲に合わせて踊りまくる。
この実習では、今までの自分の枠をひろげる(stretch)ことが目的であると伝えられる。 そして、自分にとって、とても今までだったらできそうにないような役を決める。
最初は、その役の扮装をして、一人ずつ全員の前で役を演じるように言われる。 ところが、いざ演じる段になると、単に演じただけではだめで、 その役の中で「本当の自分自身」を本気で演じきるように言われる。 それを参加者全員が認めるまでは、やめることは許されない。
この実習は、非常に長時間に及び、場合によっては夜明け近くまで行われることもある。
以前決めた自分の契約を大声で宣言する。 宣言した人を、全員で「ゆりかご」と呼ばれる形にかつぎあげ、ゆらしながら歌を歌う。
なお、ストレッチングと一緒になっている場合もあり、その場合には、 自分自身を演じきったと全員が認めたところで行なう。
メディテーションである。 年齢を逆行しながら、過去の自分を思い出していく。 どんどん逆行して、母の胎内にまで戻る。 そして、そこから赤ちゃんの泣き声の BGM と共に、 再誕生(rebirth)するところまでを行なう。
グループで、一人一人に対して、いい印象を感じたままに全員で伝える。
セミナーの本部まで帰り、次の段階に備える。
セミナーの本部まで帰る。
様々なケースがあるが、路上で見知らぬ人に人生についての話を聞いたり、 第一段階のグラジュエーションに参加して、 第二段階への参加を促したりすることが多いようだ。
第二段階を振り返る。
第一段階と同様に花束を持った紹介者と対面する。
第二段階のプログラムは、基本的に一種のイニシエーションとなっている。
モーツァルトの『魔笛』や、 ヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエの 『化学の結婚』などを参照するまでもなく、イニシエーションは、通常、 「試練」、「死」、「新生」で構成されている。 第二段階はまさにこのような構造になっている。 つまり、これまでの人生を激しく責められ、死をモチーフとした実習を経て、 新しい契約の元に新しく生まれ変わる。
第二段階の効果というのは、おそらく、「本当に自分は(生まれ)変わったのだ」 という実感が最大のものであろう。 また、必ず訪れる死を思い、 その上で生きることの意味を自分に問う機会でもあるのだろう。 あるいは、とにかく、 なんだかわからないが凄かったという感想を持つ人も多いかも知れない。
なお、実習としては激しいものが多く、個人的な意見を述べれば、 心理的に強くない人の参加が特にすすめられないのが、第二段階である。